ジュエリー作家 伊織理人の工房 陽光のデザイナーと影の職人 ③
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- 3 日前
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忘れられない感覚
高級車のレザーシートに深く身を沈めても、リナの苛立ちは収まらなかった。
(なんなのよ、あの男…! 失礼にもほどがある!)
自分の完璧なデザインを「疲れている」だと? ありえない。あの陰気な職人は、ただ自分の古臭い価値観でしか物を見られないだけだ。そう結論づけようとしても、理人の静かな瞳と、ネックレスに触れた時の彼の指先の感覚が、妙に頭から離れなかった。
まるで、ジュエリーの魂に直接触れているような…そんな、リナ自身も感じたことのない、不思議な感覚。そして、指摘された「焦り」や「見られたい想い」。図星だったからこそ、余計に腹が立ったのだ。
「チッ…!」
リナは窓の外に流れる景色を睨みつけ、無理やり思考を切り替えた。次のコレクションの締め切りは迫っている。感傷に浸っている暇はない。もっと大胆で、もっとセンセーショナルなデザインを考えなければ。あの男を見返すためにも。
数日後、リナは大手百貨店のバイヤーとの重要な打ち合わせに臨んでいた。新作コレクションのプレゼンテーション。これまでの成功体験から、今回も絶賛されるだろうと高を括っていた。自信満々にデザイン画を広げ、コンセプトを熱弁する。
しかし、バイヤーたちの反応は、予想に反して鈍かった。
「…うーん、素晴らしいデザインですね、金崎さん。斬新で、とてもモダンだ」
一人のバイヤーが口火を切ったが、その声にはどこか遠慮が滲んでいる。
「ただ…」別のバイヤーが言葉を継いだ。「今回のコレクション、少し…既視感があるというか…以前の作品と比べて、突き抜けるような驚きが、やや薄いような気がしまして…」
「もちろん、クオリティは申し分ないのですが、なんというか…心が、動かない、と申しますか…」
リナは耳を疑った。
心が、動かない? 既視感がある?
そんなはずはない。今回だって、最新のトレンドを取り入れ、最高の素材を使う予定だ。何が足りないというのか。
「…何を仰りたいのか分かりませんわ。これは完璧なデザインのはずです」
リナはプライドを保とうと反論したが、声がわずかに震えるのを止められなかった。バイヤーたちの微妙な表情が、彼女の自信を静かに、しかし確実に削っていく。
打ち合わせは、保留という形で終わった。決定的なダメ出しではなかったが、リナにとっては屈辱以外の何物でもなかった。これまでの成功が嘘のように、足元がぐらつく感覚。
(何がいけないの…? 私のデザインの、どこが…?)
アトリエに戻り、一人でデザイン画と向き合う。完璧なはずの線、計算され尽くした色の配置。だが、バイヤーたちの言葉がこだまする。「心が動かない」。

(何がいけないの…? 私のデザインの、どこが…?)
その時、ふと、あの工房での理人の言葉が蘇った。
『このジュエリーは、少し疲れているように見える』
『必死に輝こうとして、少しだけ、無理をしているような』
(まさか…)
リナは自分のデザイン画を睨みつけた。
トレンドを追い、評価を求め、ただひたすらに「新しさ」と「斬新さ」だけを追求してきた。
その結果、いつの間にか、ジュエリーが持つべき温かみや、身に着ける人の心に寄り添うような「何か」を置き去りにしてきてしまったのかもしれない。
デザイン画の中のジュエリーたちが、急に色褪せて見えた。ただただ派手で、空虚で、まるで魂が宿っていない抜け殻のように。
「……くそっ!」
リナはデザイン画をくしゃくしゃに丸め、床に叩きつけた。
初めて味わう、深い挫折感。そして、得体の知れない焦燥感。
(あの男なら…あの影みたいな職人なら、何かわかるのかもしれない…?)
認めたくない考えが、頭をもたげる。プライドが邪魔をする。
しかし、このままでは前に進めないことも、リナは薄々感じ始めていた。
壁にぶつかった陽光のデザイナー。
彼女の心の中に、再びあの静かな工房と、影の職人の姿が浮かび上がっていた。
(第二話④へ続く)
🔜 次回「第二話④:再訪と、小さな依頼」
プライドを捨てきれないまま、再び理人の工房を訪れるリナ。彼女が口にした、意外な「依頼」とは?
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