ジュエリー作家 伊織理人の工房 陽光のデザイナーと影の職人 ④
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- 2 日前
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再訪と、小さな依頼
数日間、リナはアトリエに籠り、デザインと格闘した。しかし、描けば描くほど、自分のデザインが空虚に感じられてしまう。
バイヤーの言葉、そして理人の言葉が、呪いのように頭から離れない。スランプ、という言葉が脳裏をよぎり、彼女をさらに焦らせた。
(…行くしかないの…? あの男のところに…)
プライドが激しく抵抗する。しかし、藁にもすがる思いで、リナは再びあの古びた路地裏へと足を向けた。
今度は高級車ではなく、タクシーを使い、服装も少しだけ控えめなものを選んでいた。自分でもその変化に戸惑いながら。
工房のドアを開けると、前回と同じ、金属とオイルの匂い。そして、静寂。
理人は作業台に向かい、黙々と何かを磨いていた。リナの来訪に気づいても、驚いた様子は見せず、ただ静かに顔を上げた。
「…また来たんですね。何かご用ですか?」
リナは努めて平静を装い、カウンターの前に立った。視線が合わせられない。
「べ、別に用なんて…! ただ、通りかかっただけよ!」
口をついて出たのは、我ながら苦しい言い訳だった。
理人は何も言わず、ただリナを見ている。
その沈黙が、リナには責められているように感じられた。
「…あの」リナは意を決して口を開いた。
「この前のこと、だけど…別にあなたの言ったことなんて、気にしてないから!」
強がってみたものの、声は上ずっている。
理人は小さく頷き、「そうですか」とだけ呟いた。
その反応に、リナは拍子抜けすると同時に、やはり見透かされているような居心地の悪さを感じた。
しばらく気まずい沈黙が流れた後、リナはカウンターの上に置かれていた小さなシルバーのペンダントトップに目を留めた。
それは、磨きかけのようで、まだ完成してはいない。シンプルな、小鳥の形をしている。派手さはないが、どこか温かく、優しいフォルムだった。
「…これ、あなたが作ったの?」
「ええ。修理の依頼品です」
「修理…?」
「ええ。以前、あるお客様が病気のお母さんのために、お小遣いで買ったいただいたものなんです。 先日、お母様が落とされてしまったそうで・・・翼が少し欠けてしまったと」
理人は淡々と説明した。
リナは、その小鳥のペンダントトップを、思わず手に取ってみた。
ひんやりとしたシルバーの感触。
そして、そのフォルムから伝わってくる、素朴で、けれど強い「祈り」のようなもの。
子供がお母さんの回復を願う、純粋な気持ち。
(…綺麗…)
リナは素直にそう思った。
自分の作る、計算され尽くしたデザインとは全く違う。
技術的な巧みさだけではない、心を打つ何かが、この小さなペンダントには宿っている。
その時、理人が口を開いた。
「…そのペンダント、仕上げてみませんか?」
「え?」
リナは驚いて顔を上げた。
「仕上げ…? 私が?」
「ええ。最後の磨きの工程が残っています。難しくはありません。やってみますか?」
理人の目は、静かだが、どこか挑戦的にも見えた。

「…そのペンダント、仕上げてみませんか?」
リナは戸惑った。
自分が?
この工房で?
しかも、修理品の仕上げを?
プライドが許さない。
しかし、目の前のペンダントから伝わる温かい感覚と、理人の予期せぬ提案に、心が揺さぶられていた。
もしかしたら、ここに、自分が失いかけている「何か」のヒントがあるのかもしれない。
「…わ、わかったわよ! やってあげるわ! ただし、これはあくまで、あなたの仕事を手伝ってあげるだけなんだからね!」
リナはぶっきらぼうに言い放ち、理人から磨き用のクロスと研磨剤を受け取った。
(第二話⑤へ続く)
🔜 次回「第二話⑤:陽光と影の化学反応」
不慣れな手つきでペンダントを磨くリナ。理人の指導を受けながら、彼女の中に起こる変化とは?
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